2013年8月5日月曜日

 先日遭遇した出来事を書きます。
書こうか書くまいか悩んだのですが、やはりいろんな人に知っておいて欲しいと…。

それは、かねがね、いずれ行ってみようと思っていたある着物のお店でのことでした。
店構えは小さいものの小奇麗で、時節柄、浴衣を求めに来たと思われる2組のカップルが既におり、店内は賑やかでした。
店員は二人おり、一人は接客、一人は商談中。そんなわけなので接客している方に開口一番「何を探しに来たの?」と訊かれても「見てるだけです」とは言えず、あったらいいな、と感じていた品物を口にしたところ「そこにありますから」と品が積まれている棚を指さされたので自分で手にとって見ていました。

問題はその後入店してきた若い男性2人と店員のやり取りです。

2人もやはり「何を探しに来たの?」と訊かれ「着物を…」と答えました。
この瞬間、あ、彼らが探してるのは着物じゃなくて浴衣なんだろうな、と感じました。
2人は大学生くらいの風貌だったし、季節柄、入店のきっかけはお祭りや花火じゃないかと予想したのです。
自信のない言葉端からも"浴衣"を"着物"と勘違いしているのでしょう。案の定「今夜お祭りがあって、そこに着て行きたいので」と続けました。

すると店員は「え?今夜?それはちょっと…それにお祭りって、それ、浴衣でしょ?」とまくしたてます。
若者たちも「そう…かな?」と戸惑うところに再び店員は「予算はおいくら?」と強く訊き、気圧された若者は「1万円くらいで…」とさらに小さな声で答えました。

普通のお店では、まともな着物が1万円で、しかも(誂えたら)その日中には買えないってことを認識したのは、僕でもまだ最近ですから、浴衣と着物を同じものだと思っている間違い無く初心者の若者にとっては仕方ないと思いますけど、初めて着る嗜好衣料品に1万円というのは妥当な予算だったとも思います。

しかし店員は「それじゃ着物は無理ですね。浴衣でも、店の表にセールで出しるものくらいしかないです。そこで選んでくださいね」と言葉面からは伝わらないぶっきらぼうさで、僕の恐れていた対応を若い二人にぶつけたのです。
二人は店に入れもせず、すごすごと外に出て行きました。

他人ごととはいえものすごく嫌な気持ちになり、僕も妻の手を引きつかつかと店を出ました。
置いてある品物はとてもよかったのですが、ホント最悪です。

なぜなら、僕ら着物初心者が、着物という世界に踏み込むのにあたって最も怖いのが「金も知識もないくせに何しに来たの?」という嘲笑と卑下の扱いだから。

今では、まともな着物にお金がかかるのも当然と知りました。
そして、とても奥深く、一朝一夕では知り尽くせない世界であることもおぼえました。

しかしそれは、おずおずと手を伸ばし、手に届くものを引き寄せ、ゆっくりと勉強をしながらようやくわかってきたこと。
着物に興味を持ってその第一歩を踏み出した素人に先人が放つには、先の言葉はあまりに残酷ではないでしょうか。

残念ながら、僕らもこれまで着物関係の店をまわってみて、少なくない割合でこういう態度をとられてきたのです。
着物という商材の性質を考えると、確実に買ってくれる上客に接客リソースの全力を傾け、そうでない素人はできるだけ遠慮して欲しいという事情は察しないわけではありません。
ただ、誰もが最初は素人で、着物を始めたいという潜在的欲求を持っている人もほぼ全員がその素人。
そして素人知識ではよくわからないものにいきなり何万円ものお金を払えるはずはありません。
先のお店も、むしろ商売を考えたうえで、これから上客になる可能性のある若者に対し予算感や用途に合わせた品選びの相談に乗って"投資"してあげれば、お互いに気持ちよく接することができたと思うのです。

着物を始めたいという潜在的欲求を持っている人は世間が想像しているよりずっと多く、僕が「着物をはじめました」とアピールし始めてから、着物へのエントリー手段を実によく相談されます。
その相談を身近な店舗でなく僕に向けているのは「高価、難しい、敷居が高い」という先入観と事実の混じったイメージと、先のような扱いが「怖い」という感情に搦められて第一歩を踏み出せないでいるからです。
その第一歩を「お祭りを格好から楽しみたい」と純粋な動機で踏み出した若い二人は、今日、着物に対してどんな印象を抱いたか…。
惨めだったと思います。悔しかったと思います。そしてとても悲しかったと思います。
自分に重ね合わせた瞬間、いたたまれなくなって店を出たので、彼らがあの店で浴衣を買ったのかどうかは知りませんが「"もっと親切で安く浴衣を買える店もあるよ"と教えてあげればよかった」と後悔しました。そういう目的でこのブログを始めたのだから。

僕の知っている着物愛好家はほとんどが僕と同じくリーズナブルかつ気軽な着物生活を楽しむ人々ですが、普段から着物を着用しつつ長く正統な造詣を深めている人たちもおり、そういう人々から勉強させてもらっている機会も多いです。前者からは仲間意識と身近な情報を、後者からはこれから向かう先の道案内をもらって、両者のお陰で着物生活を楽しむことができていると感謝しています。
そんなわけで、未だ素人の域を出ない僕の目線からも、かつて普段着だったはずの着物は、今ではひょいと始められるものではなく、いろんな方法と切り口できっかけを得て、周囲からもらったもので少しずつステップアップし、やがては伝統的な知識と価値観を知っていくという段階を踏んでいくものだと思ってます。

現代における着物の文化は、言ってみれば様々な水質の多くの源泉から流れていく素人が、時を経て自然と玄人達の形作った大きな流れと一つになる川のようなものではないでしょうか。

すでに本流を流れる玄人たちには、源泉の水質が違うとか汚れているとかそういうことで同じ方向に流れる素人を拒否せず、優しく迎え入れてあげて欲しいというのが、本流を目指すまだまだ小さな支流の僕の願いです。


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